つくしんぼ通信 令和2年3月号

3.11(東日本大震災)に寄せて

2011年3月11日私は往診先の寝たきりのおばあさんと地震に遭遇しました。古い木造家屋は右や左に大揺れしました。その時まさか患者さんを置いて逃げるわけにもいかないなあ。ここで一緒に死ぬんだなと漠然と思いながら揺られていました。医療者の中には患者さんを見捨てることのできない寄り添う職業意識がどこかに存在しています。
同じ時刻に私が震災後初めて入った岩手県大槌町の町長も率先して逃げることに逡巡したのか役場の前で立ち尽くし、避難指示を出さなかったばかりにほとんどの役場職員が巻き添えをくって亡くなりその後の復興に大きな障害を生じました。
医療者にしても行政職にしても強い職業倫理観を持っていてその瞬間には自分の身を守る行動を忘れてしまうこともしばしばです。私は大災害時には自分の身を守ることを優先するように職員に口を酸っぱくして言い続けています。非常時には自分の身を守っていいこと、避難することに躊躇しないこと、避難を恥じないことを言い聞かせておくことが責任ある者の使命と思うからです。職業意識から危険な行為に走ってしまうのが私たちの性とすれば心の奥底に自分を守ることも大切であると刻み込んでほしいと思っています。
震災後、勇敢に担当世帯の安否確認に出かけ津波に命を奪われた保健師などの同僚が英雄視される中で高台に避難して命を拾った看護師さんが自分の行動を悔いて立ち直れない姿を目の当たりにしました。「あなたが生き残ったから、これから多くの人の力になっていけるのですよ」というような通り一遍のお話をしました。もう少しましなことが言えなかったのかとずっと気になっていました。
今年3月11日突然その看護師さんから9年ぶりに電話がかかってきました。元気そうな声に嬉しくて1時間以上もお話ししました。「逃げたことを恥じるな。逃げたからこそ救われる人たちがいる」という私の言葉を糧にしてくれたそうです。東北がわたしを成長させてくれているなあとありがたく思いました。

2020年3月  鈩 裕和